博多出張前のちょっとしたストーリー
またやってしまった。
思えば昨日、今日の金曜日に来れないかと税理士に言われたところから始まっていた。今日から博多出張を予定していたため、決算は来週だと予定していたが、税理士が来週忙しいとのことで、今日の金曜日は無理だから、昨日夕方に無理矢理税理士のところに行ったところから始まった。もちろん、決算を終えて気持ちよく博多で飲みたいという気持ちがあったのも事実だった。
税理士との決算を終え、地元に戻り、自分が畑を借りている大家さんの娘が働いている店の外のテラス席で一服入れ始めたのが1830。友人Yを待っていると、店の中から出てくる女性2名に声かけられた。昔からたまに仕事を手伝ってもらっている出版社時代からの同僚だった。後から考えると、ここがさらなるポイントとなった。
もう一軒、娘がバイトしている店に行くとのことで、後で行くよと伝え、やってきた友人Yと近況報告をビールとハイボールを飲みながら完了した。その後、彼女らがいる2軒目へ。合流して、普段のストレスをそれぞれが発揮するように飲みを重ね、さらにバーで3軒目となった。彼女らと別れ、友人Yと最後のバーへ。帰る頃には、丑三つ時を過ぎていた。
出張準備は事前からほぼ完璧だった。準備することも大してなく、出発まで30分の休憩で深い睡眠に飲み込まれた。
次に眼を開いたのは0830。完全にアウトだった。後輩Dには大変な迷惑をかけてしまった。ベルも鳴らしてくれたのに全然反応がなかったとのこと。ホントに申し訳ない。とりあえず、車で羽田空港に向かいながら、後輩Dの旅行会社、現地のレンタカー会社、予約していたゴルフ場と連絡をとっていった。エアーは羽田空港のANAカウンターでやりとりしてくれとのこと。最悪購入する可能性があるとJALの株主優待券だけ持参して、空港のパーキングに到着。いざ、ANAのカウンターに赴いた。
ANAの対応は素晴らしいものだった。さまざまな事情も含め、交通事情も考慮していただき、便の変更を許していただいた。レンタカー、ゴルフ場、エアー、すべてリスケが叶った時の安堵感はこの上ないものだった。
変更した便までの時間で、後輩Dにお詫びのお寿司をご馳走させていただき、いまこの文章を書いている。いい歳して、本当にどうしようもない自分を恥じながら、今後も生きていこうと思う。
PS.
今後もANAを乗り続けようという気持ちと、保有JAL株をANA株に変更しようかという気持ちが高まった日となった。
0コメント